とあるスーパーの一角。
所狭しと並ぶ数々の惣菜の中で、ポテトサラダを手に取った子連れの母親がいました。
その姿を見たおじいさんが、母親に向かってこう言いました。

「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ?」

これは一時期SNSで話題となった、ポテサラ論争というものです。
母親は惣菜を買ってはいけないの?
ポテトサラダ”くらい”って、あなたはポテトサラダを作る手順を知っているんですか?
知っていたら”くらい”なんて言えないでしょう!
…とまぁ、世のお母さん方には言いたいことがたくさんあるかと思います。

私はこの話を最初に聞いた時、昔の母の話を思い出して、怒りよりも悲しくなりました。

私が小学校中学年くらいの時だったかと思います。
父が、母の作った手作りのハンバーグを食べながら、こう言ったのです。

「惣菜のハンバーグの方がうまいな」

当時小学生だった私には、この言葉を受けた母の悲しい気持ちは理解できていませんでした。
今、自分が結婚して主婦になって、ご飯を作るようになって始めてわかりました。
この時の母は、心底怒りを覚えていただろうなぁ…と。

この言葉を言われてから、私は母の手作りハンバーグを口にすることはありませんでした。
ハンバーグと言えば湯煎するデミグラスソース味。
気がつけば我が家のハンバーグはこれで定着していました。
もし当時の母が惣菜コーナーで、ポテサラ論争のおじいさんに出会ってしまっていたら、きっとこう言われていたのではないでしょうか。

「母親ならハンバーグくらい作ったらどうだ?」

母がハンバーグを手作りしなくなった理由は明確にあります。
手間をかけて時間をかけて作ったものを否定されてしまったら、私でも作らなくなると思います。
そんな事情を、背景を知らないで、「母親なら」という表面的な理由で批判されたら…と思うと、なんだか悲しい気持ちになったのです。

このポテサラ論争のお母さんに、どんな背景があるのかはわかりません。
そして、この「母親なら」と言ったおじいさんにも、どんな背景があるのかわかりません。
背景のわからない他人が、他人を批判するのは、いかがなものかなぁと私は思います。

人には人の、家には家の事情があるんです。

今は、料理を作れなくても食べていける時代です。
当たり前となってしまっていますが、とても豊かで便利な世の中なんだと思います。
ただ、そういう世の中で暮らせているのは、昔の方々の苦労があってこそという事を忘れてはいけませんよね。

もし、このおじいさんのような方に出会って批判をされたとしたら。
笑顔でこう答えると、誰も傷つかないのではないでしょうか。

「惣菜を買える豊かな世の中にしてくださって、ありがとうございます」